2012年を振り返る 1

今年最後の行事も終えましたので。2012年を振り返ります。
今年の年明けは、関西遠征から帰ってきた直後でしたが、まぁ例年通りチャットで年明けを迎えました。
フォルダを見ると、1月1日の写真は1枚も無いんですよねこれが(

今年1発目のネタはやはりこれですかね。鶴見に集まって、最後の駅伝ダイヤを撮影しました。
来年は無いのがなんとも。

そして1月8日には、小田急5200形がついに引退。
定期演奏会のポスター貼りの帰りに時間が合ったので撮れました。

あと、1月25日の夜でしたかね。雪が降ったのでこんな写真も撮れました。
1月29日には定期演奏会がありました。
部活とかこの辺までは、まだ安定してた方だったんですが、この後が…。


2月に入ってから、普通の1000形だった1058Fが、登山線塗装(本当はラッピングですが)に変更されました。12月には1255Fと組成されて優等運用に入りましたが、自分では撮れなかったので他へ(

3車種引退へ向けて、ステッカーの貼り付けも行われました。
Bトレ5000形のおまけステッカーにも入っていたので、実車が貼り付けられた当日から、模型にも貼り付けが可能でした。

御殿場線もなかなか熱い月でした。
大垣区の117系「トレイン117」が、「富士山トレイン117」として御殿場までやってきました。偶然、小田急60000形MSEのJR東海での乗務員訓練と重なったため、こんな並びも実現しました。

そしてLSE7000形の新塗装が消滅。
7001編成は廃車となりました。

もう一方の新塗装だった7003編成は、日本車輌で窓枠を銀へ復元し、大野で旧塗装へ戻されました。
3月の引退へ向けて、HiSEとRSE小田急全線走破のツアーもありました。

4年に一度の2月29日には、今年2度目の積雪。
雪まみれはこの辺じゃなかなか撮れないので嬉しいですね。

そして3月。各社でダイヤ改正が実施され、さまざまな車両が引退していきました。
長年、飯田線の主であった119系も引退。213系5000番台と313系3000番台へ置き換わり、飯田線国鉄型もJR東日本から乗り入れる115系のみに。

同じJR東海だと、御殿場線へのE231系乗り入れも終了しました。
ドアボタンって他に使いどころあるんですかね…。

そしてJR東海・西日本の新幹線 300系も引退。
のぞみと言えばこの車種で、一番多く乗った東海道・山陽新幹線もこの車種だったので寂しいですね。
700系の廃車も始まっているようです。

小田急からは4車種もの車両が引退。
最後の5000形である5063Fは、ブランドマークが消された状態になり、車内広告も引退車両の写真になり、最後を飾りました。

小田急を代表する車両だった10000形HiSEと20000形RSEも引退へ。

JR東海から乗り入れていた371系も、あさぎり運用から撤退して小田急線内へ入線しなくなりました。
3車種にまで減ってしまったロマンスカーにはやはり寂しさを感じてしまいました。

3月も終わる31日。遠く長野へ出向きました。
小田急からの引退で遠い存在へ変わってしまった「HiSE」改め「ゆけむり号」
屋代線の臨時急行電車にて、もう1つのラストランをこなしました。

屋代線廃線と共に、元営団3000系の中でも非冷房ワンマンだったO編成は定期運用を終えました。そのうちO6編成は営団時代を彷彿させる帯無しでした。

長年の看板列車であった2000系特急車も屋代線と共に引退。7月より小布施駅のながでん電車の広場にて展示されました。

と…鉄道ばかりでここまでネタが多すぎるのでこの辺で区切ることにします。